大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(う)1540号 判決

控訴人 被告人 山本斉

弁護人 若林清

検察官 田辺緑朗

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中参拾日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人若林清作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、次のように判断する。

論旨の一について

原判決が法令適用の部において原判示第一ないし第四の各所為を刑法第四十五条前段の併合罪と認め、同法第四十七条第十条により原判示第四の窃盗の罪で犯情最も重いものとして法定の加重をしていることは所論のとおりである。而して刑法第十条第三項にいわゆる犯情とは、当該犯罪の性質、犯行の手口、被害の程度その他一切の情状を指称するものと解すべく、従つて財産罪における犯情の軽重も、所論のように実質的な被害額の多寡のみを基準として決定せらるべきものではないから、たとえ原判示第一ないし第三の各被害額のうち所論の如く同第四のそれよりも実質的に多額であると認むべきものがあるとしてもこれのみを以て前者の犯情が後者のそれよりも重いとは断定し難く、却つて記録に現われた原判示各犯行の手口等を比照すれば、原判示第四の所為を以て犯情最も重いとした原審の判定が強ち不当であるとは解されない。それゆえ原判決に所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)

若林弁護人の控訴趣意第一点

原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の適用の誤がある。

原判決は判示第四の窃盗の罪が最も犯情が重いとして併合罪加重をしているが、これは誤つている。

判示第四のうち郵便貯金通帳一通の被害は、通帳自体の紙片的価値を以つて評価さるべきであつて、預金高によつて評価さるべきでないことは、貯金通帳が有価証券でないことからいつて当然である。貯金通帳を窃取したときには貯金通帳自体の窃盗罪が成立し、その通帳を以つて預金の支払を受けたときにはじめて払戻額についての詐欺罪が成立する(なお、最判昭二五・二・二四集四二五四頁参照)のである。

したがつて判示第四の罪を以つて犯情重しとしこれに併合加重した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤がある。

(その余の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例